放送倫理・BPO

2008年7月24日 (木)

☆小沢「隠し資産疑惑」裁判。判決文を見た。

6月4日、民主党小沢一郎代表が、『週刊現代』(講談社)に敗訴した、東京高裁(つまり2審)の判決文を見る機会を得た。
控訴人や非控訴人、弁護人の名がずらりと並ぶ1ページに続く、2ページの「主文」を見て、苦笑してしまった。
曰く「本件控訴をいずれも棄却する」
曰く「控訴費用は控訴人らの負担とする」
という2行。控訴した小澤一郎(通称:小沢一郎)氏らの「全面敗訴」であることが、あまりにも明確に、短文で提示されていたからだ。
立場を変えて小澤一郎氏側の立場に立って考えて見れば、勝てないまでも落としどころがあると読んで始めた裁判なのに、「けんもほろろ」な判決だったことが想像できる。

■控訴内容は小澤氏と民主党合計で6000万円と金利

控訴内容は、
1) 小澤氏(個人)に対し、3000万円と、当該記事の雑誌発行日(2006年5月23日)から支払い済みまで年5分の利息を支払え。
2) 民主党に対し、3000万円と、当該記事の雑誌発行日(2006年5月23日)から支払い済みまで年5分の利息を支払え。
3) 控訴人が用意し、条件を示した謝罪広告を、週刊現代のほか、朝日、読売、毎日の各新聞に掲載せよ。

……というもの。
つまり、名誉毀損により、小澤氏個人(3000万円+利息)、民主党(3000万円+利息)と謝罪広告を求めていたものが、東京高裁へ上訴までしたのに、あっさり棄却されたわけだ。

■ 事実をもとにした意見は名誉毀損ではない

判決文のうち、「事実及び理由」では、週刊現代の記事や広告等の内容を子細にわたり点検・検討するもので、記事等から、知っていることがほとんどだった。
ただ、注目したのは「事案の概要」の2「記事による名誉毀損における違法性及び故意過失」。我々なりに「翻訳」すると以下のようになる。

● 事実であることの証明がなくても、執筆者が事実と信じるにたる理由があれば、故意や過失で名誉毀損したとはいえない。
●事実をもとに、公共の利害や、公益を目的に執筆(表現)したものであれば、故意または過失で、名誉毀損したことに当たらない。
●事実を前提とした意見や論評によって名誉毀損にあたるかどうかは、読者の判断にまかせられる性質のもの。

──というもの。
週刊現代の記事の、詳細な調査や多面的な取材を読んで、我々が感じたことと遠くない。つまり、きちんと調べ、また反対意見を含めて構成している事実に基づいた記事には、ある種のジャーナリストとしての「誠実さ」が感じられ、それを名誉毀損で訴えるのはおかど違いでは?ということだ。
尚、小沢氏側は、判決に不満であれば、判決から2週間以内に上告できたはずだが、上告は見送った。つまり判決を受け入れたということだ。


■ なぜ、首相にならんとする人物の裁判が報道されない?

それにしても、なぜ、一国の総理にならんとする人物=小沢一郎(小澤一郎)氏の裁判について、テレビや主要新聞(共同通信と産経新聞はのぞく)は報じなかったのだろう。私たちは「国民の知る権利に奉仕する」というマス・メディアの使命・役割を信じている。いや、信じたい。
調べれば調べるほどに、なぜ報道されないのかに立ち帰ってゆく。
ネットのブログ等では、さまざまな理由が挙げられている。しかしそれらの大半は、無責任な「床屋政談」であって、我々がその信憑性を確認することが難しい。

ちなみに、平成19年2月20日の事務所費の公開に当たっての記者会見で小沢一郎民主党代表は、「いずれにしろ、報道機関の皆様には、いかなる場合においても、私の意志がきちんと実現されるよう、今後、厳しく監視していただきたく宜しくお願いいたします」と締めくくった。

この「お願い」に応えているのは、週刊現代や週刊新潮などの一部の週刊誌が主だ。小沢一郎氏自身が、そう要請しているのに、なぜ、TV局や朝日や毎日、読売新聞などの報道機関は動かないのだろう。

あまりの迷宮と問題の根の深さに、疲労が募るばかりだ。

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2008年7月11日 (金)

☆後日談:BPO=業界内の自浄力?ーー古舘vs自民党(5)

BPO(放送倫理・番組向上機構)のHP上に、報ステ・古舘の「よく笑っていますね」発言及び自民党の抗議に関する委員会の見解が出ていたので紹介する。
番組を逐一見直した我々の印象とは対局にある結論(審議の見送り)で、正直なところ、番組の録画を「(視聴者の立場で)見ていない」と感じた。

また、報ステ自体があいまいにしたことまで、ご丁寧に正当化の上塗りに一役買っている。
曰く(かりゆし映像の挿入は)
「関係がないとはいえない」
「アタマ撮りの映像を使用したことには理由がある」と。
しかし我々がとくに注目したのは、
(古舘氏の釈明によって)
「視聴者も正しく理解したと判断できる」
という文言だ。
ほんとうにあの釈明で、誰が、どのように、何を理解したといえるのだろう。

第三者性を謳いながらも、業界団体では、自浄力に期待できないということか。
いや、表現の自由を担保してゆくためには、自浄力こそが必要不可欠に違いない。
その意味で、我々「報道とメディアを考える会」では、一定の監視機関や権力による監視ではなく、BPOの活動に期待していることを申し添えよう。


<報道番組のキャスター・コメントに対する抗議>

報道番組の後期高齢者医療制度を取上げたコーナーで、自民党の幹部が談笑している映像を見たキャスターが「よく笑っていられますね」とコメントした。それに対して自民党から、その問題を議論しながら笑っていたわけではない、との抗議が局にあった事案。討議した結果、キャスターは印象を述べたものであるし、談笑している映像も放送前日に開催された役員連絡会冒頭のいわゆる「アタマ撮り」で、その役員連絡会では後期高齢者医療制度が話し合われているから、まったく関係のない映像を使用したとは言いがたい。更に、役員連絡会については会議が始まる冒頭、いわゆる「アタマ撮り」の取材しか許されていないので、直近の「アタマ撮り」の映像を使用したことにも理由があると判断できる。確かに、番組の作り方にも誤解を生まないように配慮すべき点があるが、それについては、5日後に、同番組で4分間弱にわたってキャスターにより説明がなされているので、視聴者も正しく理解したと判断できる。>以上の理由により、当委員会はこの事案を取上げないこととした。
(BPOホームページ 「第15回 放送倫理検証委員会」(2008年6月13日開催)議事録より)


追記
「報道とメディアを考える会」では、検証レポートなどを逐次BPOに送付している。今後は、委員や番組のスポンサー企業などにも個別に送付していく予定。

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2008年7月 6日 (日)

♪番外「独り言」──アンタッチャブルOZAWA

◆ 小沢代表&鳩山幹事長のホンネ漫才?

1か月ちょっと前の話──。こんなニュースがあった。

「『キミの財産をよこせよ』。政権交代を旗印にして次期衆院選に向けた対策を急いでいる民主党だが、選挙資金の金策に頭を悩ます小沢一郎代表が最近、冗談めかして鳩山由紀夫幹事長に私財提供を求める一幕があった。
 鳩山氏は政界でも有数の資産家だが、すかさず「代表も(東京都港区内などに複数保有するマンションなどの)建物を売ればいいじゃないですか」と反論。小沢氏は『売ってもそんなにカネにならないよ』と弁解したという。」(後略「msn産経ニュース」2008.5.29 00:27より)

「白鳥大橋」の映像レポートのための取材の際、寂しげな東室蘭の町中に、結婚式場かホテルかと見まがうようにそびえる「はとやま会館」(鳩山由起夫事務所)を見てきた我々は、TVニュースワイドによくある人形をつかって、このやりとりを再現したい衝動に駆られた。強面の小沢代表と、インテリ風の鳩山幹事長のかけあい漫才は、爆笑問題より面白いに違いない。
ちなみに、室蘭市の「はとやま会館」(ビルの表示にあった名称)に隣接して、イオン北海道(株)の大型ショッピングセンター「ポスフール」がある。人通りも少ない憂愁のまち「室蘭」にあって、なんとも異様な光景だった。

◆「小沢の隠し資産を暴いた週刊現代が全面勝訴」むむむ……?

室蘭市の「はとやま会館」が鳩山由紀夫民主党幹事長個人の所有する不動産かどうか、「いまのところ」我々の関知するところではないが、たびたび週刊誌などを通じて噂されてきたように、小沢代表が個人名義で所有している不動産への興味はつきない。
しかも、いまごろになって、ひっそりとこんなニュースをみつけた。

「新聞・テレビはほとんど報じなかったが、政界動乱の主役である民主党の小沢一郎代表にとって大きなダメージとなる判決が6月4日に下った。いわゆる小沢氏の不動産問題を取り上げた「週刊現代」の記事で名誉を毀損されたとして、小沢氏と民主党が講談社と著者の長谷川学氏らを訴えていた。その控訴審判決で、東京高裁(柳田幸三裁判長)が「記事は真実であり名誉毀損に当たらない」として1審の東京地裁判決を支持。小沢氏側の請求は棄却され、講談社側が勝訴したのだ。」(後略/総合情報誌[ザ・ファクタ]2008年7月号)

[ザ・ファクタ]の記事本文でも触れられているように、このニュース、ほとんど報道されなかった。産経新聞の阿比留瑠比さんの実名記者ブログにも、月刊Will8月号のジャーナリスト尾形真人氏の記事の紹介とともに、「実はうかつなことに、私はこの判決について当日は全く気付かず、ようやく2週間後になって関係者に聞いて知った次第でした。」(2008/06/29)とあるから、我々市民レベルに届かなかったのは、いたしかたないということか。

@Niftyの新聞記事横断検索で確認してみたところ、判決の翌日、6月5日に報道されたのは、わずかに8件。つまり共同通信のほかは、北海道新聞・秋田魁新報・静岡新聞社・中日新聞社(東京・大阪の2件)・中国新聞社・熊本日々新聞社は、文面からみて共同通信の配信を掲載したものだけだ。また、6月21日になって、ようやく全国紙のなかで、産経新聞が取り上げている。

◆メディア自身もアンタッチャブルになれ!

それにしても、こんな重大ニュース、なぜ、報道されないのだろう。
2大政党制が射程に入った選挙を控えているいま、政権交代を目指す政党の党首が信頼に足る人物かどうか、国民の関心がないはずがないだろう。
まだ、報道の使命が「国民の知る権利」に資することにあるとすれば、当然取り上げるべきニュースであるはずだ。

しかし、報道する側の作為とマスコミ諸氏の「アンタッチャブル」がここにある。民主党、とくに小沢代表については、「触れない」「報道しない」ことで、ある種の隠蔽や、世論誘導している面があるといえるのではないか。
例えば、先の岩手・宮城内陸地震で、不幸にも工事現場の作業員が亡くなった胆沢(いさわ)ダムは、小沢一郎氏の選挙区にある。この国土交通省事業は、これまで、民主党の国土交通省事業批判や、マスメディアで取り上げられたことはほとんどないだろうと思う。
「アンタチャッブル」が、まかりとおってしまう実態が存することについて、室蘭で「白鳥大橋」(白鳥新道計画)をまのあたりにしてきた我々はよく知っている。

ちなみに、Untouchableを辞書でひくと、
1 触知できない;手を触れてはいけない.
2 (遠くて)手の届かない, 禁制の.
3 触るのもいやな, けがらわしい.
4 非難の余地のない;手にあまる, 無敵の, 無比の;((米略式))買収のきかない;疑う余地のない.
                    (プログレッシブ英和中辞典)
──とある。

アル・カポネの摘発に向かったエリオット・ネスらの「アンタッチャブル」は、毅然としたあり方が印象的だった(早川文庫 ドキュメンタリー・ノベル/映画の原作)。しかし我がマスメディア自身は、(疑う余地のない)アンタッチャブルにも、なり得ない。

なぜマスメディアにとって小沢代表の問題が「ご禁制」になっているのか、探っていく必要があるだろう。
民主党が真に政権政党足りうるか──を判断するための、つまり自分自身の投票行動のための正確な情報が欲しい。
しかし「第4の権力」という名の「象」に立ち向かう「蟻」でしかないことも、よく判っている。
さてと……

[参照資料など]
☆総合情報誌[ザ・ファクタ]
http://facta.co.jp/article/200807042.html

☆msn産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/080529/stt0805290026000-n1.htm

☆はとやま事務所
http://www.hatoyama.gr.jp/indy_frame.html

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2008年6月18日 (水)

★まんまとはめられた視聴者──古舘vs自民党(4)

古舘キャスターが、自民党の抗議に対して報道ステーションの番組内で「釈明」を行った翌日の6月10日、新聞各紙の朝刊の他、ネットニュースなどでも、採り上げられた。
「テレ朝 自民党抗議に釈明」(読売新聞)、「古舘キャスター『本意ではない』」(毎日新聞)のほか、日刊スポーツの文化・芸能面では、「古舘氏自民に謝罪なし」と、どの媒体も、謝罪ではなく、「釈明」でしかなかったことを明確にしている。日刊スポーツ等、釈明の文言を詳しく説明する記事もあったものの、「かりゆし画像」の取り違え(もしくは故意の挿入?)について言及しているものはなかった。つまり、報ステ・古舘氏の問題すり替え発言や意図にのせられた格好だった。

◆ 番組の思惑通りに「大人げない自民」へ非難が集中

これらマスメディアの影響もあってか、ブログやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の日記では、ニュースを題材に個人によって語られた「自民・古舘へ抗議問題」は、自民党への非難の方向に向かっているものが多くみられた。
例えばこんな論調──
「ムキになっている自民党はみっともない」
「こんなことで自民党が激怒して(党役員会の)無期限撮影禁止するなんて大人げなさすぎる」
「私は、この番組が公平で正確な報道をしている番組と思っていませんが、今回の件では、テレ朝を支持します。理由は後期高齢者制度を支持していないからです」
「庶民の苦しみを知ってか知らずか、テレビカメラの前でへらへら笑っているなんてひどい。古舘さんは人間らしく思います」
 極端なものになると、「言論弾圧」「言論封殺」などの激しい語調が踊っている。
 こういった見方は国民だけではなく報道機関のなかにもあったようだ。
 スポニチでは、「古舘氏に責任転嫁? 自民党テレ朝締め出し」のタイトルの記事中で、「過剰反応と言わざるを得ない。過去に遺恨があるテレビ朝日だから余計にムキになっているのでは。大人げない対応は国民に悪印象を与えるだけで逆効果だ」(Sponichi Annex/2008.06.07)と、政治評論家浅川博忠氏のコメントを紹介している。
 しかし。こういった自民批判のブログや記事のなかでは、かりゆし画像の「取り違え」もしくは「故意の挿入?」についての言及は、すっぽり抜け落ちている。
 感情的な論調が目立ち、報ステの「シカト作戦」に乗せられてしまったかのよう。繰り返しになるが、問題の核は、無関係の映像を挿入したことと、沈黙を経て問題発言へ続く「流れ」(演出)にある。

 ニュースを題材に書かれた大多数の日記やブログの論調を見て、ある種の恐怖を覚えたという人もあった。「恐怖感」は、自分の頭でジャッジする力を奪われた国民・視聴者があまりに多すぎることに対してのものだ。我々も同感である。

◆ 冷静な反応の市民に耳を傾ける

 一方、冷静な反応もなかったわけではない。
「私も長寿医療制度に反対。しかしそれとメディアの意識操作と洗脳は別物」
「古舘は、言い訳ばかりで何がいいたいのかわからない。印象操作は流してしまった。意図的に映像を使ったとはいえるはずないということか」
「わたしは後期高齢者(長寿医療)制度については再考の必要があると思っている。しかしテレ朝の行為は放送法違反」
「娯楽性を旨とする番組は国民の知る権利を著しく阻害している。番組の方にペナルティがかけられないのが不思議」
……等々。後期高齢者制度への賛否と番組の印象操作問題は別であることを明確に認識している。 
 また自民党の対応については……
「あそこまで印象で政治をかたる番組をつくられれば怒るのは当たり前。嘘を平気でたれ流すに等しい編集を平気でする訳だから」
「自民党を一般企業に置き換えれば、取材拒否は妥当。党内だけで国会ではないし、放送権を取り上げている訳じゃない」
 と、極めて理路整然と、現実を直視している。しかしこういった意見はむしろ少数派だったことを残念に思わざるをえない。

◆ あらためて報ステ・古舘の倫理を問う

 あるブロガーは、長寿医療制度に関し「誰が」「いくら」負担するかの議論では問題解決にならず、切迫した財政状況のなかで、医療費問題について根底から議論すべきと指摘。国のグランドデザインなど、議論のための材料を提供することなく、映像挿入による印象操作まで行うことに疑問を呈していた。
 我々「報道とメディアを考える会」でも、番組録画の再視聴や文字おこし、新聞などの媒体の報道を検証・確認するなかで、同じ結論に至った。
 つまり、「大人げない自民党」を演出することで、利するのは誰なのか……を冷静に考える必要がある。 
 名誉毀損にあたるかどうかは我々が判断するものではないが、少なくとも、「かりゆし談笑」映像と、明かにこの映像に被せた古舘らのコメントは、国民の立場のたった報道ではなく、実際に、国民の「知る権利」を阻害するものでしかない。また「釈明」報道によって映像問題を隠蔽し、視聴者の判断に任せるなどという「おためごかし」で「主張の上塗り」を繰り返したことは、さらに罪深い。

 自民党の抗議がなければニュースにもならず、我々でさえも「かりゆし談笑」が後期高齢者医療制度(長寿医療制度)の会議時のものと、信じこまされた可能性が大きいことを、肝に銘じたい。
 報ステ・古舘と自民党、どちらが視聴者・国民の立場に立った情報を提供したかは、明白だろう。

◆古舘氏は、誰に奉仕しているのか?

 この連載についてメンバーで討議している最中、BPO(放送倫理・番組向上機構)から『BRC判断基準2008』が届いた。少しだけ紹介しよう。

■制作意図による事実の歪曲(Ⅰ企画・取材)
何らかのニュース性のある事件を契機に啓蒙的意図を持った番組を作ることは効果的であろうが、取り上げる事案がその制作意図にマッチするものであってはじめて効果があることであり、誤って制作意図にそぐわない事案を取り上げたときには、事案について正確を期そうとすれば、意に反して制作効果自体を減じることになるし、逆に制作意図に忠実であろうとすれば、意識するしないは別として、事実調査をおろそかにしたり、事実を歪曲することとなり、ひいては取り上げられた事案の当事者の名誉を毀損し、社会的評価を低下せしめ、その人権を侵害する結果を招くことになる。

■ 取材テープダイジェスト保存版による編集ミス(Ⅱ編集—1.事実の歪曲)
放送局は、番組の編集に当たり、事実を曲げないで報道する法律上の義務を負うものであり、素材テープのダイジェスト保存版から、さらに短縮編集するに当たっては、細心の注意を払って編集すべきであり、さらに編集されたVTRが、事実に即したものであるかについては、二重三重のチェック体制をとることが要請される
[関係資料]放送法第3条の2「国内放送の放送番組の編集等」3号「報道は事実をまげないですること」

 自民党では道路特定財源問題で、BPOに検証要請したことあるが、BPOではこの審議を見送った(詳しくは5月2日の当ブログを参照)。この経緯から今回は、放送局を構成員とするBPOへの通告ではなく、撮影のみの取材拒否という「自衛策」をとることにしたのではないかと想像できる。
 報道には「“国民の知る権利”に奉仕するという使命」があるとすれば、まさに放送法やBRC判断基準が示すように、「事実をまげないで」報道する倫理が確立できる別方策を検討するべき段階ではないのか。

それこそ古舘氏の口癖である「我々民間」では、ミスやトラブルが発覚した場合、以下のような対応をとる。
(1) 事実認識とすみやかな謝罪
(2) トラブルが発生した経緯や原因の徹底調査と公開
(3) 原因発生の分析に基づく対策を講じ、被害者に説明するとともに実行態勢を整える
(4) その他被害者(損害)に対する誠実な保障
以上の4点によって問題解決と再発防止を図り、顧客や社会の理解を得ながら、再生していくのだ。

 報道ステーションの「かりゆし談笑」映像のケースでは、(1)の事実認識に止まり、謝罪はもとより、トラブル発生までの経緯を、視聴者にも説明するに至っていない。連載の(2)で伝えた「厚生労働省の記者会見」画像の取り違えについても、謝罪はあったものの、「なぜこうした事態が起き」「今後、どう対策を講じるのか」についてはスルーだ。
 印象操作の直接の被害者である自民党ばかりでなく、私たち視聴者にも、謝罪と今後の再発防止策を提示し、徹底するのが報道の社会的責任からみても「スジ」ではないだろうか。

 我々は、番組録画等の検証を通し、報道番組の代表ともいえる「報道ステーション」(テレビ朝日)でさえ、このありさまであったことに、憤りを覚えるとともに、深い哀しみにとらわれてしまった。しかもテレ朝や報道ステーション・古舘氏の問題発言は、何度も繰り返され、見過ごされ、また再発の可能性のほうが大きい。
 狂騒するテレビ番組の煽情にのって、自民党をいたづらに非難しても、私たちの暮らしも、長寿医療制度も、よりよい方向に向かわない。
 冷静に事実を直視する、そのためのちから=メディアリテラシー力をつけようではないか。

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2008年6月11日 (水)

誰のための放送倫理?『BRC判断基準2008』

BPO(放送倫理番組向上機構)のホームページをのぞいたら、「『BRC判断基準2008』 発刊」(2008年6月5日)というお知らせがあった。
1997年5月の発足以来、26事案35件の決定のなかで示された判断基準100余項目を取材、編集、放送、権利侵害等のカテゴリーごとに整理したもので、2005年発行の同冊子に40項目追加されたほか、「新たに『政治評論の自由』、『バラエティー番組における名誉毀損』、『ラ・テ欄表記と放送倫理』などの判断基準が盛り込まれたほか、『隠しカメラ・隠しマイク使用の許容範囲』や『肖像権侵害と違法性の阻却』についても、より多くの事例が示されている。『放送倫理違反などを指摘された事案』についても整理して、その判断基準を列挙した」そうだ(同ホームページより)。また、放送法等の法規や最高裁判例なども参考資料として追記してあるとのことで、近年の放送倫理をめぐる動向を概観できる有用な資料であるに違いない。

BPO加盟各社(つまり放送局)や放送関係者に配布し、放送研究者や一般視聴者からの購入希望にも応じると明記されていたが、購入方法が示されていない。
しかたがないので、電話で問い合わせてみた。
「現金書留で、実費(冊子代金)600円+送料290円=890円を、住所・氏名・連絡先等を書いてBPO宛に送ってください」。また、「送付先は……ホームページですとわかりにくいのですが、組織図の下のほうに小さく住所があります」とのこと。おまけに使用目的まで尋ねられた。

なんとも一般の視聴者が入手するのを阻むような「お知らせ」だ。
光市事件や道路特定財源報道に関する自民党の検証要請など、BPOの発表に関してはいつも「誰のための放送倫理なのか」を考えさせられる。「おためごかし(=実は人のためにするように見せかけて、実は自分の利益を図ること)」といわれても仕方ないだろう。この場合の自分とは、加盟各社、つまり放送業界全体だ。
BPOホームページから、pdfファイルをダウンロードできるようにすれば、外注・下請けプロダクションなど、番組製作に関わる人々の末端にも「放送倫理」が徹底する一助となるだろう。また冊子のまま販売したいなら、amazonの「e託販売サービス」などを通じて販売できるはずだ。
いずれにせよ、一般視聴者に届く情報発信を願いたいものだ。

「報道とメディアを考える会」では、一人でも多くの一般視聴者が、放送倫理がどんな判断基準にあるのかを知って欲しいと考え、おせっかいながら、下記に申し込み法を掲載してみた。
ちなみにBPO(放送倫理・番組向上機構)」の目的は、「放送による言論・表現の自由を確保しながら、視聴者の基本的人権を擁護するため、放送への苦情や放送倫理上の問題に対して、自主的に、独立した第三者の立場から迅速・的確に対応し、正確な放送と放送倫理の高揚に寄与すること」(同ホームページ)だ。また「BRC」はBPO内の委員会で、「放送と人権等権利に関する委員会」の略称。

[『BRC判断基準2008』の購入方法]
★申し込み方法
現金書留に冊子代金600円(1冊)と送料290円の合計890円を封入し、表書きに「BRC判断基準 購入希望」と連絡先を明記のうえ申し込み。
★送付先
〒102-0094 千代田区紀尾井町1-1 千代田放送会館
BPO(放送倫理番組向上機構)
Tel.03-5212-7333
http://www.bpo.gr.jp/index.html

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2008年6月 7日 (土)

「シカト」はお家芸──報ステ・スタイル

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2008年5月14日 (水)

忠誠を尽くすべきは市民。あらためて「ジャーナリスト」考

メディアウォッチを始めてから、番組に登場する人の肩書きや役割の呼称が気になる。専門家のコメント等は○×に詳しい人と表されることもあれば、シンクタンク主宰であっても、権威付けのためか副業の大学講師と記されることもある。なかでも、報道番組視聴者にとって、いちばん馴染み深い「ジャーナリスト」という肩書きが気になる。田原総一朗(東京12チャンネル出身)も、筑紫哲也(朝日新聞社出身)や加藤千洋(現朝日新聞社)、鳥越俊太郎(毎日新聞社出身)、大谷昭宏(読売新聞社出身)も、みんなジャーナリストだ。
「ジャーナリスト」という言葉を調べてみると
「時事的な事実や問題の報道・評論を社会に伝達する活動をジャーナリズムと定義するならば」と前置きしたうえで、
「この活動を行う新聞、通信、雑誌、放送などの企業の従業員のうち、取材、評論および編集を担当する者(いわゆる新聞記者、雑誌記者、放送記者など)を一般にジャーナリストとよんでいる」(日本大百科全書)とある。ほかの辞書にも、「新聞・雑誌などの編集者・記者などの総称」(大辞林)とある。記者はすべてジャーナリストになるわけだが、どうやらメディアの肩書きでは、大新聞をはじめマスコミ記者経験者でフリーランスになった人を「ジャーナリスト」というのが主流らしい。

ところで、泥縄式ながらメディアと政治報道について解明しようとするなかで、単なるジャーナリズム批判に止まらず、マスコミ論や政治・社会理論を包括する良書に出会った。
『ジャーナリズムとメディア言説』(大石裕著・勁草書房,2005)。本書「ジャーナリズムの社会的位置づけ」の項には、社会が要請するジャーナリズムが実行するべき課題についての記述があった。

      *       *      *

1)ジャーナリズムの第一の責務は、真実を伝えることにある。
2)ジャーナリズムが第一に忠誠をつくすべき対象は市民である。
3)ジャーナリズムの真髄は、検証という作業を本義にすることにある。
4)ジャーナリズムに従事する者は、報道する対象から独立していなければならない。
5)ジャーナリズムは、独立した権力の監視役として機能すべきである。
6)ジャーナリズムは、批判や妥協が公的に行われる場を提供しなければならない。
7)ジャーナリズムは、重要な出来事を人々の利害や関心と関連させて報道しなければならない。
8)ジャーナリズムは、ニュースを包括的に、かつバランスを考えて報道しなければならない。
9)ジャーナリズムに従事する者には、自らの良心に従って行動する自由がなければならない。

出典:『ジャーナリズムとメディア言説』(大石裕著 勁草書房,2005)p23より抜粋(amazon図版)

      *       *      *

この指摘は、我々「報道とメディアを考える」メンバー個々に、あらためてメディアウォッチのための「視座」を与えてくれたことはいうまでもない。
また報道の主流が、新聞からTV番組やインターネットに移行し、報道のエンターテイメント性が強まるなかで、とくに(1)の真実を伝達する責務、(2)市民への忠誠、(3)検証作業を本義とすること等の「基本動作」、言い換えれば「倫理」は、ジャーナリスト諸氏があらためて胸に刻むべき時期であるようにも思える。

日本で「ジャーナリスト」という場合、業務内容や役割を超えて、その呼称自体が、個人の社会的評価であるかのような意味合いを含んでいるといえるだろう。
しかし、専門的職業人教育がなされる欧米ジャーナリストと異なり、日本のジャーナリストは現場でのOJTを通じて「たたきあげる」のが普通。いま報道番組で活躍しているジャーナリスト諸氏にもたたきあげの自負があるに違いない。
が、「このトレーニング(OJT)が機能不全に陥りつつあり、近年ではマスメディア業界人の技量や倫理をめぐる問題が頻発し、その必要性が叫ばれ始めている」(現代用語の基礎知識)。
放送法、業界自主ルール等のコンプライアンスはもとより、ジャーナリストとしての倫理観は、マスコミ各社の正社員記者のほか、外注制作プロダクションのスタッフに至るまで、いっそう徹底する必要があるのではないか。

明治から昭和にかけて、反権力を貫いたジャーナリスト宮武外骨は、自らの権力を悪用して私欲を働く媒体に対しては「ユスリ記者」と呼んだそうだ。

ここから得られる教訓は一つ。
ジャーナリストという肩書き(呼称)に惑わされるな、だ。

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著者:大石 裕
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2008年5月 2日 (金)

道路特定財源とBPOへの検証要請

光市母子殺害事件について、BPOホームページで意見レポートを調べている際、「第11回放送倫理委員会議事概要」(3月14日開催)のなかで、道路特定財源をめぐる報道について、自民党が検証要請をしていたことを知った。
新聞報道等を検索してみると、2月28日NHKニュースに「テレビ朝日“道路”番組 自民『事実誤認が著しい』BPOに申し立て」とあり、2月26日のスーパーモーニング(テレビ朝日)でコメンテーターが「道路予算の5%は政治家に還元されている」と発言したことや、1月30日放送の「ワイドスクランブル」でも橋やトンネルなどに自民党の役員の名前を冠して顔写真付きで紹介するなど、偏った編集やコメントは(政治的公正を定めた)放送法に抵触するおそれがある……というものだったらしい。
しかしながら、この検証要請は、第11回放送倫理検証委員会で審議され「この番組に委員会で取り上げて是正を求めなければならないほどの放送倫理違反があるとまではいえない。以上のことから、委員会では審議・審理しないこととした。」(前掲議事概要)と、審議が見送られたことを記している。

それにしても──
光市事件報道に関する意見レポートといい、自民党が検証要請をしていたことといい(審議見送りも)、なぜ我々に届くニュースにならないのだろうか。大きなニュースになっていれば(「男児の裸」同様にWebニュースの上位にくるような)、我々視聴者は、テレビ朝日の報道内容に対し、少なくとも自民党が検証を要請するほどの内容が含まれるという認識をもつことができるだろう。

我々「報道とメディアを考える会」では、遅きに失したとはいうものの、テキスト版やブログ・映像アドレス等「おぼろ大橋レポート」を資料としてBPOに送付することを決めた。自民党の主張や放送法うんぬんというよりは、放送局への調査など、事実検証を行えるのはBPOをおいてほかにないし、BPOが視聴者保護の立場で問題に取り組み、メディア・リテラシーに資することのできる有益な組織であると信じているからだ。

ちなみに自民党の検証要請の際、細田幹事長代理が記者会見を行ったこともあり、朝日、読売、毎日、サンケイ、東京、共同通信など、新聞各紙には、記事が掲載されていた(3月1・2日)。しかしながら、いずれも200字前後のいわゆるベタ記事と呼ばれる目立たない記事。「(検証)要請」のなかみは不明だが、「申し立て」と表記をしているものも少なくなかった。BPOのいう「検証要請」と報道の「申し立て」とは微妙にニュアンスが異なる。また、審議見送りについても同様にベタ記事(3月14・15日)ばかりだったことを申し添えよう。

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2008年4月25日 (金)

「巨大なる凡庸」──光市母子殺害事件とBPO

*長文御免。斜め読み推奨。

4月22日の光市母子殺害事件差戻控訴審判決に関する報道は、国民の深い関心のもと、多大な時間と量の情報がメディアを通して発信された。差戻控訴審をめぐる動向が、被害者・弁護人双方の記者会見や資料映像、有識者等のコメントを含め、マスメディアを通じて大きく伝えられてきたことが、いっそう広く社会的関心を高めることにつながったといえるだろう。

ところで、判決に先立つ4月15日、BPO[=放送倫理・番組向上機構]から「光市母子殺害事件の差戻控訴審に関する放送についての意見」というレポートが発表されたことを知る人は、数少ないのではないか。
BPOとは、NHKと民放連、民放連加盟会員各社によって組織された任意団体で、文字通り「正確な放送と放送倫理の高揚に寄与すること」を目的としている。4月11日のニュースで「児童の裸、特に男児の性器を移すことについて」注意喚起をした発信元といえば、分かるだろうか。
レポートは長文なので、「報道とメディアを考える会」の解釈で極端に要約すると──

光市母子殺害事件差戻控訴審の公判や集中審理を機に、マスメディア、とくに民放各局は、ニュース番組や情報番組で大きく採り上げてきたが、その内容のほとんどが被害者遺族の発言や心境に同調し、被告や弁護団に反発・批判するニュアンスが強い内容、つまり被害者遺族と被告・弁護団の法定外の対立構造や、被告・弁護団の奇異さをクローズアップするにとどまり、「集団的過剰同調番組」に陥る傾向にあった。
民主主義社会裁判の特徴である「当事者主義」(当事者=検察官/被告・弁護人)のもと、裁判は裁判所が主宰するという初歩的な認識に欠け、とくに検察官の主張や立証の内容を伝えたものが皆無であったことは、公正性・正確性・公平性を旨とする「放送倫理基本綱領」等を逸脱するばかりか、放送人の社会的責務として問題がある。裁判員制度導入を目前にしたいま、あらためて、事件・犯罪・裁判報道の重要性に立ち返り、前進することを希望する。

……というものだ。
この意見書は、昨年11月「『光市事件』報道を検証する会」から放送倫理上の問題点を検証するよう申し立てを受け、申し立ての18番組のみならず、第1回公判、第1回集中審理、第2回集中審理を機に放送された8放送局、20番組、33本、7時間半の放送録画について審議したもの。放送現場内側から問題点を捉え、その教訓を今後に生かすため、番組の制作スタッフへのヒアリング調査等も行っている。
以下、印象的だった文言を抜粋してみた。

       *       *       *

*「命乞いのシナリオ」がどのような文脈や根拠から出てきているのかを掘り下げていないため、被告の奇異な発言だけが浮き彫りにされ、法廷審理で何が争われているのか、視聴者にはわからない構成になっている。
*番組制作者がそれでも死刑制度廃止論者が弁護人になったこと自体が重要テーマであると考えるなら、きちんとした取材に基づいて、それが批判に値する事柄であるという理由を示す必要がある。
*精神鑑定の際の発言は、それを基に鑑定人がどう判断したかこそがポイントだが、鑑定結果に関する紹介はない。
*感情のおもむくままに制作される番組は、公正性・正確性・公平性の原則からあっという間に逸脱していく。それはまた(中略)視聴者・市民の知る権利を大きく阻害するものとなる。
*被害者遺族が凛として入廷していく姿や、集中審理傍聴後の会見等で、愛する家族を失った無念さをにじませながらも冷静に語る様子には、誰しもが旨を打たれるものがあった。それだけにこの対比的手法には、刑事事件における当事者主義について視聴者に誤解を与える致命的な欠陥があった。
*スタジオの司会者やコメンテーターが、被告・弁護団を強く非難し、被害者遺族に同情・共感を示す──その繰り返しが基本になっている。これでは「悪いヤツが悪いことをした。被害者遺族は可哀想だ」という以上のことは伝わってこない。(中略)画面には、取材し、考察し、表現する者の存在感が恐ろしく希薄である。そのような番組しかなかったことに、委員会は強い危惧を覚えないわけにはいかない。
*気味の悪い事件・犯罪が頻発する今日、この安易な対比的手法は事件それ自体の理解にも、犯罪防止にも役立たないことは明らかであり、深刻に再考されるべきである。
*事件・犯罪・裁判を取材し、番組を制作する放送人たちが、テレビの凡庸さに居直るのではなく、(中略)いま立ち止まっているところから少しでも先へ進み出ることを委員会は希望する。

       *       *       *

果たして、この意見書の内容が、判決時のマスメディア報道に生かされたかどうかは、各自の判断に任せよう。また意見書の内容についても、異論があるだろう。
しかしこれだけ耳目を集めている光市事件であるのに、「男児の裸」ニュースに比して、BPO意見がなぜ私たちに届いていないかは、着目の余地がある。
また、このBPO委員会決定(意見レポート)は、資料編を含めA4判40頁(1頁あたり約1300文字)に及ぶ。問題の重要性や所在を明らかにするほか、真摯に報道・放送のあり方を問い、未来への期待をもあふれる格調高い文章だ。40頁もの文書を、多忙な現場取材クルーやコメンテーターをはじめ、この報道に携わるスタッフが読んでいるとは思えなかった。
BPOには、ホームページに意見書全文を掲載するばかりでなく、一般市民・視聴者に届く情報発信を期待するとともに、加盟団体・放送局に対し、BPOの存在とその発信内容を、放送を通じて伝達するよう働きかけを願いたいものだ。
ちなみにタイトルに引用した「巨大なる凡庸」とは、33本、7時間半に及ぶ放送を見終わった後、委員会の席上で一委員がもらした感想だそうだ。

★BPO[放送倫理・番組向上機構]
http://www.bpo.gr.jp/
(レポートは、「委員会決定」の項からダウンロードできる)

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